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中世都市と暴力』読み終わり。中世というと粗野で野蛮な一面があるが、今まであやふやなイメージでしかなかったものがハッキリとした輪郭をもってきた、ような気がする。
暴力が引き起こされる構造的な要因は次のようなもの。
都市の人口密集によって、人間関係が多層化する。都市での生活は過酷だ。なにせ土地という生産基盤を持たずして日々の糧を稼がなければならないのだから。そこで人々はグループを作る。お互いに助け合いましょうというわけだ。権力集団、同業者集団、同郷集団、親族集団、宗教集団、近所集団、学生集団、若者集団など、一人の人間が複数の集団にまたがって所属し、その集団が利権を巡ってお互いに争っているのだから極めて複雑な関係が構築されている。
中世では”名誉”を傷つけられることにひどく敏感だが、それというのも悪評がたてば集団から追放されるからであり、それほど集団は生活基盤として重要なものだったらしい。言葉は剣と同様に人の命を奪うことができたのだ。
強姦がある程度許容されていたというのも、特に都市では富裕層が年頃の女性を独占してしまい相対的に適齢期の男女のバランスが崩れていたという構造的要因があったためらしい。日本の吉原のように売春宿を特定地域のみ許可する施政が歴史上よく見られるが、それも強姦に至る危険性があるような若者のストレスを行政がコントロールしようとする意図があるらしい。無秩序に売春宿を建てられて混乱を招くぐらいなら行政で管理してしまえというわけ。
お祭り、カーニバルなんかも都市内に淀んだストレスを発散させる目的があったらしい。統治者の視線で見ると、お祭りもこうなちゃうんだなと感心。
とまぁ読んでいると、とにかく中世の都市というのは非常に居心地が悪くストレスの溜まる場所なのが本質のようで、いたるところにネガティブな思念が渦巻いているといった印象をもった。

戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)』こちらも第2部まで読み進めたが、ひっじょーに興味深い内容。南北戦争での非発砲率が80〜85% なぜか?それほど人間は同族殺しに対する強い抵抗感を持っている、という書き出し。この発砲率の話は知っていたけど、詳細をじっくり読んでみると改めてうれしさが込み上げて来る。人間、捨てたものじゃないよ。でも、条件付けでバリバリ発砲できるようにできちゃうんだよな… まぁ続きがたのしみ。章立て文章もわかりやすい。名著の予感。