銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎(上下巻)読了

おもしろい。このおもしろさは”風が吹けば桶屋が儲かる”的な因果関係を推理・実証しゆくミステリーもののおもしろさと言える。人間はなぜ食料生産を行うようになったのか?食糧生産によって何が変わったのか?食糧生産をきっかけに連鎖的に引き起こされる様々な事象。ひとつのことを知ると、もっと先が知りたくなる。知りたいが止まらなくなる。しかし、このおもしろさの根底を成すものは、数十年かけて地道にデータを収集・分析した結果であり、それは学者の特権というべきものなのだなと、羨ましく思い、またその苦労を成し遂げた偉大さに感服せずにはいられない。
特に興味深かったのは、動植物が家畜化・栽培化されてゆく過程。野生の穀類はもともと厳しい自然のなかで生き残るために熟した種子を遠くへばら撒く性質がある。より広範囲にばら撒くことができる種が生き残る可能性が高いことは自明の理であろう。しかしそれでは人間にとって不都合極まりない。栽培化された穀類とは、ばら撒く機能が欠如した奇形種を人間が選別栽培することによって生き残ってきているにすぎないのだ。人間に都合の良い性質をもった穀類が突然変異によって発生する確率が年に0.1%だとしても、1000年という長い期間で見れば十分起こり得るのである。そのようにして現在わたしたちが食べているものは出来上がってきた。過去から受け継いだこれほど確かな遺産が他にあるだろうか。田園風景をみて「自然っていいね」なんて大間違いなのである。それらは人間の手がなければ生き残れる見込みがほとんど無い。1万年というながきに渡って人の手によって選別改良された超人工的な代物なのである。
さて、本書の内容は創作にどのように応用できるだろうか。世界設定に大いに役立つかとおもう。大国には主要穀類と栽培可能な気候、家畜化可能な大型動物、東西に伸びた大陸といったガイドラインが使えるだろう。大国に呑み込まれずに残った地域には気候が異なるという条件が必要になるだろう。小国による割拠された世界ならば、海岸線が複雑で地形変化に富んだ大陸が必要になる。これらの因果関係に基づき設定をすることによってより説得力のある世界ができる、かどうかはわからないが、設定に厚みが欲しいときには何がしかの引き出しにはなるだろう。